【やさしい】 まとめ 【朝鮮小説入門 14】
日本文学史において,いわゆる「小説」の分野は千年の歴史を持つ。
女流作家・紫式部(Murasaki shikibu)による
『源氏物語(Genji monogatari)』(1008年頃)は
世界最古の長編小説ともいわれ,海外でも広く知られている。
近世以降も『日本永代蔵』,『好色一代男』,『南総里見八犬伝』,
『椿説弓張月』,『東海道中膝栗毛』,『雨月物語』,
戯曲も入れれば『曽根崎心中』,『東海道四谷怪談』,
『仮名手本忠臣蔵』など枚挙に暇がない。
もちろん,日本人が書いた日本の小説であるから,
当然登場人物のほとんどは日本人であり,舞台も日本である。←ここ重要w
拙作スレ参照: 1(日本語 / 韓国語),2(日本語 / 韓国語),3(日本語 / 韓国語)
では,お隣の小説はどうであろうか。
『春香伝』,『洪吉童伝』など,思いつくだけでは数少ない…
コリアの小説文化についても,すこし理解を深めるべきなのかもしれない。
そこで,朝鮮時代の小説についてレビューしてみた。
大まかな歴史
韓国の小説の発生期は日本(10世紀初頭)よりもかなり遅く,
15世紀に金時習によって書かれた『金鰲新話』あたりであるといわれている。
小説が本格的に発展し始めたのは,
17世紀に許筠によって書かれた初のハングル小説『洪吉童伝』や,
金萬重によって書かれた小説『九雲夢』以降のことである。
少し時代が下ると,漢文で書かれた朴趾源の『熱河日記』が優れた作品として高く評価されている。
これは実学者の朴趾源が,中国の熱河まで随行旅行をした時に書かれたもので,
短い見聞録や小説などで構成されている。
18世紀に入ると,いわゆるパンソリ系小説とよばれるものも登場するようになる。
例えば,妓生・春香の愛を描いた『春香伝』,
金持ちだが怠け者の兄と貧しいが働き者の弟の話である『興甫伝』,
親孝行な娘,沈清の話『沈清伝』。
これらは,もともと市場や両班の家などに招かれた歌い手が,
小太鼓など,楽器の演奏にあわせながら,物語を朗唱したものだった。
その物語を覚えるために筆で書いたものが小説として残され,
パンソリとしても小説としても現代に受け継がれているようである。
作品紹介
朝鮮の小説文化の草創期ですね。日本より500年遅れていますw
■ 金時習 (1435-1493年) 『金鰲新話』 [舞台: 朝鮮]
朝鮮文学史上現存する最古の漢文小説。
中国の『剪燈新話』(1421年)の PAKURI であると指摘されている。
これは,体裁はいうまでもなく,内容が極似しているから。
金時習 自画像
※【やさしい】 金鰲新話 【朝鮮文学入門 1】(日本語 / 韓国語)
■ 蔡寿 (1449-1515年) 『薛公瓚還魂伝』 [舞台: 朝鮮]
最古のハングル表記本。
若死にした男の魂が親戚の者の身体を借りて現れ,冥界での見聞を語るという内容。仏教的。
『薛公瓚還魂伝』
明末,人気を得ていた『三国志演義』,『水滸伝』などが大量に朝鮮に輸入され,広く読まれだした。
この時たまたま起こった壬辰倭乱,丙子胡乱などに取材し,
中国小説の体裁と形式を模倣して,軍談小説が続出した。これらはほとんどが漢文。
ただ,孝宗の終わり頃からはハングル小説が出始めてきた。
■ 作者不詳『壬辰録』 [舞台: 朝鮮]
「壬辰倭乱」の英雄群像を描く。加藤清正の首まで落としてしまう,
史実完全無視の荒唐無稽な妄想ファンタジー。(w
『壬辰録』には漢文本とハングル本の2種があるが,漢文本は明の援軍の業績を強調し,
事大思想による他力本願の奴隷的根性が濃厚。
ハングル本は,李舜臣や金徳齢,泗溟堂が活躍するが,漢文本は李如松が主役で朝鮮将は脇役。
漢文本を愛読していた両班,官僚たちの事大思想が濃厚であったことをよく表している。
『壬辰録』 漢文テキスト
■ 作者不詳『紅白花伝』 [舞台: 中国]
舞台は中国・明。洛陽の桂家の息子・桂一知と順家の娘・順織素,
および薜家の薜小姐の一夫多妻ラブロマンス。
『紅白花伝』
※【やさしい】 紅白花伝 【朝鮮小説入門 2】(日本語 / 韓国語)
■ 許筠 (1569-1618年) 『洪吉童伝』 [舞台: 朝鮮]
コリア人なら誰でも知っている名作,初のハングル小説。
世宗朝 (1419-50年) を背景に,大臣の子として生まれながら妾腹の子であるがために,
父を父とも呼べぬ身分差別に怒って家を飛び出た洪吉童が,
やがて盗賊を集めて「活貧党」を組織,
その首領となって道術を駆使し,
貧官汚吏から奪った財宝を貧民に与えるなど神出鬼没な活躍をした末に,
海を渡って理想の国を建設するという痛快無比な物語。
洪吉童=オヤケ・アカハチ (15世紀の八重山諸島の英雄) とする珍説もあるらしいpu
『洪吉童伝』 刊行年未詳
※【やさしい】 洪吉童伝 【朝鮮小説入門 3】(日本語 / 韓国語)
■ 作者不詳『朴氏夫人伝』 [舞台: 朝鮮]
「丙子胡乱」を背景とし,道術を使う聡明な女性・朴氏が
清を撃退して大活躍する様を描く,これまた荒唐無稽な妄想小説。(w
最初不細工だった朴氏は父親の道術で絶世の美女に変わるが,
before & afterの夫・李時白の態度がいかにもコリア的。
『朴氏伝』 ※右の写真はイメージ画像です。
※【やさしい】 朴氏夫人伝 【朝鮮小説入門 4】(日本語 / 韓国語)
■ 作者不詳『沈清伝』 [舞台: 朝鮮]
春香伝とともに,朝鮮の代表的小説。
特に女性の間で人気を博し,婦道の鑑とされた。
孝行女の清は,盲目の父の目が見えるようにと寺への供養米を得るべく自分の身を中国に売り,
途中海に身を投げるが,四海竜王に助けられついには王后になり,
父を探し出すて名を呼んだとたん父の目が見えるようになるという仏教的な説話。
『三国史記』などにも類似の話が記載されている。
(左)『沈清伝』 (右)最近,南北朝鮮共同で製作されたアニメ「王后沈清」。
劣等感からか,英語版タイトルはなぜか『Empress Chung』 プププ
※【やさしい】 沈清伝 【朝鮮小説入門 5】(日本語 / 韓国語)
■ 金万重 (1637-92年) 『謝氏南征記』 [舞台: 中国]
舞台は中国・明,嘉靖年間(1522-66年)。
謝氏は淑徳と才学を兼ね備えた賢夫人であったが,子供がなかったため,
夫に妾を娶らせたが,妾は凶悪な悪女であり,
謝氏は追われてしまい南へ放浪の旅を続けた。
途中,黄陵廟で娥皇・女英に会い,
そのおかげで妾の奸計がばれ,夫は妾を追い出して
謝氏を再び迎え入れた。その後彼は位が丞相まで登り,門戸が栄えた。
(左)金万重 (1637-92年) (右)岳陽楼から望む洞庭湖
※ もともと朝鮮の小説の大部分は,軍談でなければ英雄談, あるいは恋愛に成功する物語などであった。 ところが,『謝氏南征記』は風刺小説の側面を持ち, 実際に粛宗を感動させ,廃妃・閔妃を復位させたとされる。 金万重は許筠と並んで朝鮮小説の大家とされる。 まあ,朝鮮はもともと小説を蛇蝎のごとく忌み嫌ってきた儒教の国。 おまけに2人とも,最後は政争の破れ非業の死を遂げます。 (許筠は国家反逆罪で磔刑,金万重は流刑先の慶尚南道・南海島で死亡)。。。 |
※【やさしい】 謝氏南征記 【朝鮮小説入門 6】(日本語 / 韓国語)
■ 金万重 (1637-92年) 『九雲夢』 [舞台: 中国]
主人公・性真は中国・衡山の六観大師の弟子。
しかし八仙女をからかった罪で人間世界に送られ,楊少游という名前で生まれ変わる。
彼は子供時代から様々な素晴らしい実力を発揮する。
彼のたくさんの業績が認められ,ついに彼は王の婿になる。
その間,彼は8仙女の生まれ変わりである8人の女性を次々妻にする。
しかし,晩年になって人生の空しさを感じた彼は,
胡僧の説教を聞いてから大きな悟りを得,8仙女と共に仏門に帰依する。
『九雲夢』
民画 「九雲夢図」
※ 妄想エロファンタジーですね。本作の思想的特徴としては, ①仏教的な因果応報,②一夫多妻制の合理化,などがあげられます。 |
※【やさしい】 九雲夢 【朝鮮小説入門 7】(日本語 / 韓国語)
■ 作者不詳『玉仙夢』 [舞台: 中国]
智異山の青鶴洞でうたた寝するうちに,
中国で生まれ変わって,波乱万丈の一生を送る男の夢を描く。
景宗・英祖・正祖の時代。
以前は,表向きは清朝に服従していたが,内心では滅清興明の願望を持っていた。
従って清朝の文化が朝鮮に影響を及ぼすことは無かった。
ところがこの時代になると,次第に好感を抱くようになり,
完全に心服傾倒していき,清の文化を憧憬するまでになった。
これは,清の対朝鮮政策が,従来の明の威服政策ではなく,徳化主義を採ったためもある。
清からは大量に軟文学が入ってきて,それがコピー,翻訳されて読まれた。
■ 作者不詳『薔花紅蓮伝』 1698 もしくは 1758年 [舞台: 朝鮮]
平安道・鉄山に伝わる伝説に取材した小説。
原本の漢文本によれば,題材にした事件は1649年己丑に発生したらしい。
座首 (地方の長老) の妻が亡くなり,妖悪な女が後妻となったが,
後妻は先妻の2人の娘,薔花と紅蓮を亡き者にしようと企み,鼠の死体を工作して薔花が不倫をして
堕胎したと誣告した。その上長男に言いつけて薔花を山奥の池に投げ込んで惨殺した。
妹の紅蓮も姉を追って死んだが,その後姉妹の幽霊が府使 (地方長官) の元に現れて訴えた。
新たに赴任した鄭東祐は気が強く,幽霊の話を聞いて真相を明らかにし,後妻を斬刑に処した。
その後座首は貞淑な女性を後妻に迎え,姉妹の生まれ変わりである可愛い双女を生んだ。
のちに双女は平壌の李連浩の双男と結婚し末永く栄えた。
(左)映画「薔花,紅蓮」 2004年 (右)朝鮮の娘 20世紀初頭?
「薔花紅蓮伝」をベースに,怨霊に取り憑かれた家に住む,
美しい姉妹を襲う世にも奇怪な出来事を描く。号泣するらしいですが・・・
※【やさしい】 薔花紅蓮伝 【朝鮮小説入門 8】(日本語 / 韓国語)
■ 作者不詳『鄭乙善伝』 [舞台: 朝鮮]
明・嘉靖年間(1522-66年),慶尚北道鶏林府慈山村に暮らす,鄭乙善と妻の兪秋年が結ばれるまでのロマンス。
秋年の父・兪尚書は,後妻の盧氏を迎えてから秋年を疎ましく思うようになった。
幸いにも秋年は乙善との良縁に恵まれたが,初夜の夜中,
盧氏は人を使って「俺の恋人を奪ったのは誰だ」と騒ぎ立てさせた。
これが元で即日,婚姻は解消され,乙善は改めて王女を娶った。秋年は怨みをのんで自殺。
その後,秋年の怨霊によって盧氏と家族は残らず野垂れ死に。しかも旱魃続き。
そのため国王に奏上して秋年を忠烈夫人に封じ,怨みを鎮めたのち,
仙薬を用いて秋年を生き返らせた。かくして乙善は2人の夫人と共に,末永く幸せに暮らした。
『鄭乙善伝』 1925年
■ 作者不詳『魚龍伝』 [舞台: 中国]
舞台は中国・宋。継母によって兄・才龍と妹・月は家を追い出された。
月は娥皇・女英の廟で自殺しようとしたが,神霊の導きで尹侍郎の養女となった。
才龍は文武を修め,北方の匈奴を鎮圧した功により左丞相となり,
月の夫・林仙は右丞相となって,
兄妹は図らずも再会することができた。
(左)『魚龍伝』 (右)中国・宋代の服飾
■ 作者不詳『張豊雲伝』 [舞台: 中国]
舞台は中国・宋。金陵に住む丞相の子・豊雲は,戦乱で逃げる途中,両親にはぐれてしまった。
幸いにして李雲敬という人に救われ,厄介になったが,やがて娘の慶貝と婚約した。
李雲敬が死ぬと継母・胡氏の虐待がひどく,豊雲は延城寺へ逃れたが,
さんざん苦労の末,父・張煕とめぐり会えた。慶貝も逃れて汝南僧堂に籠っていたが,
はからずもここで豊雲の母にめぐり会った。
『張豊雲伝』 1952年 右は宋の都・開封。(「清明上河図」より)
※【やさしい】 魚龍伝・張豊雲伝 【朝鮮小説入門 9】(日本語 / 韓国語)
■ 作者不詳『春香伝』 [舞台: 朝鮮]
何度も映画化された名作。戦前の日本でも知られていたようですね。
操を通す貞女の妓生,春香が困難を乗り越え,両班・夢龍と結ばれる話。
舞台は主に朝鮮の南原。
露骨な性描写と計算された恋愛行為が描かれた大人向けの小説。
この小説はパンソリ化され,大きい反響を得て全国に広まった。
(左)『春香伝』 (右)妓生
※【やさしい】 春香伝 【朝鮮小説入門 10】(日本語 / 韓国語)
■ 作者不詳『淑香伝』 [舞台: 中国]
舞台は中国・宋。道教・仏教的要素の強いファンタジー小説。
金の侵入にあい,幼い淑香は両親とはぐれてしまった。
その後,神仙や丞相の庇護のもとに生きていたが,作った縫い取りが縁で
尚書の息子の才徳を兼備した李仙と巡り合い,結婚した。
さまざまな紆余曲折を経て,父親とも再会した。
その後,夫李仙は文科に状元及第し,兵部尚書に任じられた。
皇太后の病に際し,李仙は回々国,好密国,琉球国,
交址国,浮蟻国を経て,蓬莱国で仙薬を求め,
その功によって楚王となり,淑香は貞烈夫人として栄耀栄華をほしいままにした。
(左)『淑香伝』 (右)宋代の美人画 佚名 「女孝経図巻」 宋代
※【やさしい】 淑香伝 【朝鮮小説入門 11】(日本語 / 韓国語)
※ 朝鮮にはこの手のファンタジーおとぎ話が多いですね。 回った国々の流れから見て,蓬莱国とは日本でしょうか。(笑 |
■ 作者不詳『白鶴扇伝』 [舞台: 中国]
舞台は中国・明,洪武年間(1368-98年)。
南京の劉伯魯は道学を修得すべく,城南に赴く途中,曺尚書の愛娘・曺銀河と出会い,
1個の柚子を贈られた機縁で,家法の白鶴扇を与える。
その後,伯魯は金傍と状元を飛び越えて南方巡撫使となるが,異民族カダルの反乱が起こり,
勅命を受けて鎮圧に赴いたが,捕虜となってしまった。
一方,銀河は横恋慕を受けて一家は離散・滅亡し,各地を流浪して苦難を重ねたが,
伯魯の災難を聞き,救出のため自ら3万の軍の指揮官となった。
かくしてカダルを殲滅し,劉伯魯は燕王に封じられ,
曺銀河はその貞烈忠義王妃に封じられて,ともに睦まじく生涯を送った。
明代の美人 仇英 「人物故事圖」 明代
※【やさしい】 白鶴扇伝 【朝鮮小説入門 12】(日本語 / 韓国語)
■ 作者不詳『蘇雲伝』 [舞台: 中国]
明代の小説『蘇知県羅衫復合』の変形。
舞台は中国・明,崇禎年間 (1628-1643年)。
蘇丞相の息子・蘇渭と蘇雲は天子の寵愛あつく,やがて蘇渭は杭州刺史を拝命して任地に赴いたが,
途中で徐俊なる賊に襲われて夫人を奪われた。夫人は脱出し,蘇渭の子を寺で産んだが排斥されたため,
やむなく路上に捨てた。しかし,赤ん坊は徐俊に拾われて徐雲敬と名づけられ,徐の子として育てられた。
17歳になると科挙を受けるため上京したが,途中運命の導きで蘇学士の家に立ち寄り,老母と対面した。
状元に及第し,暗行御史となって帰郷する途中,図らずも蘇渭夫妻と蘇雲に出くわし,夢で告げられた
実の父母と叔父であると知った。かくして4人で徐俊のもとに戻り,徐俊を一刀のもとに斬り捨て,
親子はともども浙江のわが家へと帰った。
現在の杭州・西湖
※【やさしい】 蘇雲伝 【朝鮮小説入門 13】(日本語 / 韓国語)
【参考文献】
金思燁,趙演鉉『朝鮮文学史』(1971)
安宇植『朝鮮小説史』(1975)
朝鮮時代の小説を概観すると,
朝鮮で,朝鮮~人が,朝鮮~人を対象にして書いた小説であるのに,
なぜか舞台や登場人物を中国に設定しているものが多い。
実に不可解であります…。
『鄭秀貞伝』などは,ご丁寧にも夢の中で中国に生まれ変わる始末。。
朝鮮は中国の一地方だったのですか? www
どうやら,韓国の方々のご先祖は,
中国人として生きたかったようです。
(=´ω`=)y─┛~~